『あ か』Ver.2









"僕が死んだら、君はどうする?"

そんな事を思った。
思っていた。
迫り来る虚しさ。
満たされているのか、そうでないのか分からない、そんな気持ち。

君は、一体、僕のどこまでが必要で、どこまでを見ているんだろう?
僕は君じゃないから、
きっといつまでも、分かる事は出来ない。







+ + + + + + +





君と僕が、この白い部屋に一緒にいるようになってから、
ずっと変わらないいつもの夜、
いつもと変わらない、ただの夜、
隣で君の穏やかな寝息が聞こえてる。
無防備な時間、君の肩が、息をする度揺れていた。

何度目か寝返りを打って、とうとう目がさめてしまった僕は、
しばし、その安堵の吐息を聞く。

ベッド横の窓の外では、月の居場所が、夜明けを間近に控えている事を示していた。
時計を見たら、4時10分。
もう暫くすると空が白み出すんだ、と思うと、僕はため息をつかずにいられない。

"朝はキライだ"
心の中で、そう呟いた。
----------何もかもが目に映るから。

僕は目に映るものなんて大嫌いだ。
明るい空、木々の緑、そして、この部屋。
色んなものが見えると、虚しくなる。
虚しくて、寂しくて、悲しくて、
何だか取り残されたように、僕の心臓はギュッとなる。

すっかり目が冴えてしまって、これ以上眠れそうにない僕は、
考え続けていた言葉を繰り返した。

"僕が死んだら"
じっと、君の寝顔を見つめる。

"僕がいなくなったら"
君の肩越しに見つめる。

そして、僕の中の何かが、弾けたように思えた。




+ + + + + + +







僕の腕に、赤い滴が流れ落ちている。
一筋、二筋。
ゆるやかなスピードで、まるでからかうかのように。
やがてその滴は、僕の腕から、手首、指先へ。
スローモーションで、音もなく面積を広めていく。

ゴソゴソ音を立てていた筈なのに、
君はまだ眠りの底。

ゆっくりな呼吸に合わせて動く肩を越えて、
僕はその顔の上に手を翳した。

僕の腕から発した赤い液体が、
ゆっくり、ゆっくりと、君の頬へ零れ落ちるのを見ながら、
僕は君の反応に、期待と絶望を込めて。

顔に落ちる違和感に早く気付いて-------。
でも、気付かないで----------。

そんな矛盾な気持ちを胸に残し、
ただ、静かに滴は流れる。

やがて、君の顔がぴくっと痙攣したように動き、
そして、その瞼が重く開いた。

「………ん…?」

何だか間抜けな幕開け。 暫く状況を飲みこめずにさ迷う君の視線の先に、
赤い僕の腕が映ったらしく、
君が勢い良くシーツを跳ね除ける。

「な、何やってんだ、お前はっっ!!!??」
僕の赤い腕を掴み、寝起きに相応しくない怒鳴り声で、僕に迫る君。
でも、それはあまりにも当たり前というか・・・・

「ははっ」
想像の範囲に嵌りすぎた素直な反応で、僕は思わず笑ってしまった。

でも、それが目に入ってないかのように、
君は焦り続けて、
「この血っ…、お前、どっかケガし……」
「コレ、トマトジュース。」

僕は間伐入れずに種明かし。
だから笑っちゃったのに。

「……あ、なーんだ…………って、はぁ?!?!」
殊更大きな声で突っ込む君が可笑しくてたまらない。

「ビックリした?」
くすくすと笑いながら、僕はそんな君を眺める。

呆気にとられてる君を見て笑いながら、
ただ、僕の悪戯に引っかかった君を笑いながら、
笑うだけのフリをしながら、

僕は考える。


"あ、なーんだ"
君の言葉が僕の心の中で繰り返し繰り返し聞こえて、
何かが喉に引っかかってるような、そんなもどかしい感じがした。

その言葉を、僕は一体どう受け取ればいいんだろう?
その言葉を、君は一体どういう気持ちで言ったのだろう?

どこまでが必要で、
どこまでが不必要?

・・・・・君には、僕が、必要?



+ + + + + + +



君が持ってきたタオルが、真っ赤に染まる。

真っ白な枕も、シーツも、
そして君の顔も、僕の腕も、
君が白いタオルでごしごしと擦る度に、赤い色は移し変えられていく。
"僕"を存在させる赤が、ただのタオルの汚れへと。

「お前って、こーゆー意味不明な事好きねぇ…」

最後の仕上げのように、もう一度僕の腕を拭きながら、
ため息混じりに君が呟く。

別に怒ってなんかいないんだろうけど、
何故かその言葉は、僕の心を刺した。

手際良く拭きあげた君は、
そんな僕を見ずに、
真っ赤に染まったタオルをトラッシュ・カンへと放る。

"不要なモノ"を集め入れられて、
そして二度と触れられる事のない世界へと送り込むその缶が、
ほんの少し、揺れて音を立てた。
気付かれる事無く、鳴いた。

「あーもー…こんな体冷えてんじゃねーの」
僕の肩に触れた君。

「寒ぃんだから、ミョーな事すんなよ?」
ぽんぽん、と僕の頭を撫でる君。

「ほら、ちゃんと毛布被れって」
はぐれて捲れた上掛けを、そっと引き寄せる、君。

僕を見て。
もっと見て。
何もしなくていいから、もっと、見て。

"捨てられ"た"不要な"『あか』を
もう見ないのなら、僕を見て-------------------。



君の肩に、こん と頭をもたれて、
君の顔は見ないままで、
僕は寒さに震えた。
「もっと、あったかく、してよ。」

そう呟き、君の腕を掴んだまま。






+ + + + + + +







君の熱さが伝わる時、僕は少しだけ自分を確かめられる。
君の手が、指が、唇が、
"僕"だけを求めてさまようから。

君と僕が"ひとつ"になる時、僕は少しだけ満たされる。
キライな夜明けも、目に見えるものも、
何もかもを忘れる事が出来るから。

君の唇が優しく僕を追いつめる度、このまま、朝なんかこなければいいと願う。
例え白濁が僕らを汚しても、
朝の白さよりはキレイだと思うから。

何もない。
ずっと空っぽな僕の中身を君に埋めて欲しい。
きつく抱き締めて、KISSをして、舐め合って、
僕の心がほんの少し満たされても、
まるで穴の空いたビニール袋のように、
いつでも全部、僕の中からこぼれ落ちていくのを感じてる。


広く白くやわらかなベッドの上、荒く呼吸を続けている僕に君は、
何度も何度も口付けて、
何度も何度も突き上げる。
その度に早まる心音、暴発しそうな血流。

脈打つ"君"が僕をかき乱して、それでもまだ足りなくて、
夢中で手を伸ばして、僕は君の頭を抱き締める。

『もっと』
『もっと欲しい』
『沢山欲しい』
『もっと、もっと、もっと』
『お願い』

甘く爛れて、どろどろに溶けた頭の中、
声にならない声で、君に幾度も呼びかけた。

隠そうともしない叫び声、
昂った感覚にあふれる涙、
胸で激しく息を吐く僕。

大きく息をついた君が、一度僕の膝に軽くKISSをする。
そのまま、僕の体は捻じ曲げられた。
より一層、"君"が僕の奥に侵入する為に。

深く、ふかく、深く、ふかく、
繋がった場所から、頭の天辺と爪先まで突き抜ける、痺れに似た快楽の衝撃に
暗転する・・・・・君の顔。


遠くに聞こえた、自分の悲鳴。










+ + + + + + +










脱力して崩れ落ちた僕を、君の腕が包んでくれていた。
汗ばむ躯が冷えてしまわないように、
ぴったりと君にくっついて、僕は目を閉じたまま呼吸を整える。

何度か僕の髪を指で梳き、小さなKISSをおでこに残して、
君はそのまま、ふっと目を閉じた。
やがて聞こえる眠りの吐息。
君の呼吸で、その腕の上にいる僕の体も上下する。

さっきよりも深く大きな君の寝息を聞きながら、
僕の中で満たされた何かが、また、砂のようにこぼれ落ちていくのを感じていた。

あんなに満たされても、
心も躰も君でいっぱいになっても、
またすぐに空っぽになって、
僕の心に何も残らないのは、何故なんだろう?


眠りに落ちた君は、深い夢の中、
そっと君の腕枕から起き上がった僕をおいて、ごろんと寝返りを打った。
僕の目に映る、君の呼吸に揺れてる広い背中。
心の中に広がる言い知れない想いが、血管を噴出しそうに暴れ出す。

僕をみて。
こっちを向いて。
見て。見て。見て。見て。見て。見て。
さっきと同じように、
僕だけを見て、僕だけを探して、僕だけを求めてよ。

お願いだから、そっぽを向かないで--------------。










+ + + + + + +







ほの昏い窓の外。
青と紫が混じったような色、夜明けの訪れを告げる空の合図。
もうすぐ何もかもが目に映ってしまう。
君の目にも、僕の目にも。

僕は目に見えるものなんか大嫌い。
手にとれそうに、そこにある現実なんて大嫌い。

・・・・・・でも、でも本当は、
目に見えるものがずっと欲しかった。
ずっと、ずっと欲しくてたまらなかった。

僕を必要とし、僕が所有する、"確実なモノ"、
それが本当は、ずっと、ずっと欲しかったよ。
目に見えるものなんて、僕は何ひとつ持っていないから。

君は僕にくれる?
目に見える現実をくれる?
僕を必要とし、僕が所有してもいい現実に、君はなってくれるのかな?
・・・僕を本当に、満たしてくれるのかな?


何かに急かされるように、僕は君の寝顔を一度見て、
それでも心は、何故かいつもよりずっとずっと静かなままで、
自分の手首をゆっくり
噛 み 千 切 っ た。

噴出す鮮血。
僕の顔に撥ね付ける鮮血。
滴り落ちる鮮血。
あかいあかい鮮血。

寝ている君の横で、ベッドにぺたんと座り込んでいる、僕の腕に流れるあかい雫が、
じわじわと広がり始める。
自分の腕に、シャツに、シーツに、
段々と浸食してゆく僕の欠片。

確かめたかった偽の虚実では、何もかもが物足りないから、
"偽物"の僕の欠片をトラッシュ・カンへ捨てた君に、
僕は、僕だけのたった一つの現実をあげる。

ねぇ、君は天然のトマトジュースは好き?
缶入りで店に売ってるものなんかじゃなくてさ、
ほら、こんなに搾りたてで、あったかいよ?

・・あったかいよ。
(これが僕のたったひとつの持ち物だから)

・・何故僕は微笑っているんだろう?
(何故僕は泣いているんだろう?)

・・君は優しすぎて、
(君の言葉が胸に刺さるから)

・・僕は少しだけ満たされる。
(これで僕は満たされるのだろうか)

あふれあふれてゆく、血液は僕の欠片。
もう、傷口が何処かなんて分かりはしない程、
僕の腕を赤く塗り変えていった。

この僕の欠片が、君がどんなに白いタオルでこすっても消えない位、
たくさんたくさん流れたら、僕は君の上に手をかざそう。
僕の腕から流れる、偽者じゃない本当の僕の欠片で、
今度も君を優しく起こしてあげるから、ちゃんと目を覚ましてね?

目を覚ました君は、どうするだろう?
また、怒るのだろうか?
それともビックリして呆れるのだろうか?
また、何もかもをキレイにして、そして何もかも捨てられるのだろうか?
僕は"要らないモノ"として、ただトラッシュ・カンへと放られるのだろうか?
それともただ、消えない"あか"だけが残るのだろうか?

君の中で生きる事で、僕は満たされる。
君にいつまでも消えない"あか"を残す事で、僕は満たされる。
君にどこまでも残る"痛み"と"傷痕"になれれば、きっと僕は満たされるよ。



薄れる意識と軽い眩暈の中、自分の身体がフワフワ浮いたように、
ゆっくりとベッドに沈むのを感じて、心の中でいつまでも僕は君に問い掛けた。

僕が死んだら、君はどうする?
例えば、もしも君が目覚めた朝に、隣で僕が死んでたら、
拭っても消えない程の、赤いぬかるみの中で、僕が死んでたら、
君を染める赤い滴が、僕の動脈から流れ続けてるのを見たら、


『・・・・・・君はどうする・・・?』






*red*
2005-2002.T・U・E.WhiteBox.Rin Inoue.Josefine-kainahime






ぐはぁ!(吐血
難しかったっす・・・小説にするのは・・。
SSの雰囲気をそのまま小説にしたかったので、
書きにくかった・・(汗


あの分かりにくい意味不明の短文SSは、
これだけの事を全て"抽象化して"
書いておるのです・・。
分かるはずねーじゃん!!(爆
ちゅーか、これは小説ですか!?
結局いつもと変わらない気が・・(汗
これが私の精いっぱいなんです・・。
あ〜それにしても・・・伝えたい事が伝えられない・・
文才の無さが身にしみます。


ヱロをちょび追加してみたものの、
雰囲気重視して、抑えて書いてしまいましたので
ますます意味が分からないかも(^^;)


文中の科白はSS版と全く同じです。
多少はこれで意味が通じたかもしれませんので、
これを参照した上で、SS版も読んで下さると嬉しいです。






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