24個シリンダー
僕が隠し持ってる
*24 cylinders*
このリボルバーには 弾がひとつ 1日が終わる度に引く引金 カシャリ 空の音が響く虚空 ああ、今日も明日を待つために眠る そう、いつの日か その弾丸は 痛く切なく 僕を切り裂くだろう 君の声が傷口に響くくらい 深く あと××日 僕はいつまで生きるだろう 君の手に委ねられた引き金の数だけ 僕は生きて、そして壮絶な最期を 1日に一度、夜も更けて 帰ってきた君の足音が響くドアのこちら側、 後ろ手に隠し持ったリボルバー。 まだ、高確率の痛みは僕を襲わない。 君が鍵を開ける音は恐怖の旋律。 震える手。 回るシリンダーに、弾丸ひとつ。 あと何個の夜が僕を待つ? 大好きな君の声が僕を包んで、 僕は嘘の微笑を 大嫌いな君の腕が僕を抱き締めて、 僕は本当の嘲笑を 君に あげる。 陳腐な科白が君の口から洩れるのを 僕は吐気をもよおしながら聞いてる。 愛だの夢だの未来だの希望だの そんな風に腐った現実から逃げる君を 僕は許せない。 僕の体はこんなに汚れているのに。 ああ、もしもこの身に胎児を宿せたら。 僕はその子に全ての僕の汚さを身移して君に残し、 狂い咲き錯乱状態のまま、 叫びながら君の前で事切れるのに。 血を吐いて、 喉を掻き毟って、 赤いヘドロと汚物まみれになりながら、 僕は君に現実を突き刺すのに。 君が愛したのは、幻想の僕。 病んでない、幻想の僕。 綺麗に見えてた、空蝉の僕。 なんにもないヌケガラ。 そこに"僕"はいないから、 どれだけでも優しく手慰むがいい。 なんにもないヌケガラの僕は、 空っぽなままで肉体はきっと死んでるから、 この弾丸も透き通って、君に貫通するよ。 僕は 痛くなんか ない。 痛くなんか ない。 痛くなんか ちっともないから。 ねぇ、助けて。 助けて助けて助けて助けて。 僕を助けてよ。 こんなに暗い部屋の中、 僕はいつも寒さに震えてる。 アレが欲しくて、 違うアレも欲しくて、 真っ青になりながら、 真っ赤になりながら、 傷だらけの腕を晒して幻想に縋ってるよ。 君がいなければ 僕はただ一人。 狭い空間で君を待つ事が、 どれだけ苦しいか、本当に君は知ってるの? 出来るだけ明るい声を装って僕を包む、 君の白々しい嘘の言葉が、 どれだけ僕を傷つけるか、本当に君は知ってるの? 抱いて 抱いて 抱いて 抱いて 抱いて 抱いて 僕がこのまま弾けるくらい。 壊して 壊して 壊して 壊して 壊して 壊して 壊して 汚く嘲りながら本当の君を見せて。 隠し持った銃の引き金を、もう引かなくてもいいように。 その中の弾丸と残りの数を、もう数えなくていいように。 赤く熟れたトマトみたいに、僕を跡形もなく潰して、壊して。 ねぇ、もう 僕は、 疲 れ た ん だ 。 + + + 幾重にも張り巡らせた錠付き扉の前に立ち、"彼"は一つずつ丁寧にそれを開いていった。 ドアを隔てて更にドア。 カチャリ、カチャリ、とリズムを狂わせて、 重ねられた大量の錠が、回る、回る。 「この位しておかないと危険」 そう言われて、律義に改装した部屋の前、 一旦立ち止まり、"彼"は悲しい表情を浮かべた。 しかし最後の錠前にキーを挿し込み、 異世界の扉を開く前に、"彼"はそんな己の心に鍵をかける。 深く、大きな鍵をかける。 街の雑踏から隔離されたかのような古ぼけた建物。 そんな一室には相応しくないような、重厚な扉が、 最後の鍵を開けた"彼"によって、軋んだ音を立てて開いた。 靴を脱いで入ると何があるか分からない、 そう言われて、土足で入る事にした白い部屋。 カーテンを閉じ、今はぼんやりとした白熱球だけの儚い灯り。 まどろみに落ちていきそうな、安楽な薄明かりの中、 扉の重みに比べると模型のように狭い室内に浮かぶ、人影ひとつ。 「いいコにしてたか?」 そう言いながら、泣きたい程の激情を押さえ"彼"はこの部屋の"住人"に笑いかける。 伸ばした手の先に柔らかな髪の毛。 少し乱れた薄い金色の糸を指で梳き、 "彼"はしゃがんで、その"住人"の綺麗な髪を撫でた。 しかし、撫でられた金髪の主は、"彼"を"彼"だと認識しているのかいないのか ただ、じっ、とこちらを見ているだけだった。 そして、返事という返事もせず、粗雑に手をのばし抱擁をせがむように、 "彼"の腕にしがみ付いてきた。 そう・・・・まるで全てが、まだ何もかも覚束ない赤ん坊のよう。 あらゆるものが散乱した、その狭い部屋には、 破られた本、傾いたシャガールの複製画、床に散らばるカラフルなキャンディ。 壁に貼っておいたカレンダーは剥がれて、それを支えていたピンが側に落ちていた。 「これは貼ってたら危ねぇな・・・」 ここの"住人"は、いつも裸足で生活してるから、 これではいつピンを踏んで怪我をするか分からない。 "彼"は落ちていたピンをコートのポケットに入れ、 カレンダーは手でぐしゃっと握り潰してそのままゴミ箱へ放った。 その間も、縋るように絡められた儚い腕は、 痛い程指を食い込ませて"彼"を引き止める。 何故かいつも捲られている、そのシャツの袖から覗く ケロイド状の醜い傷痕。 痩せて、痛々しいほど白い腕に、嫌でも目に付くそれを隠すように、 "彼"はいつも捲くれた袖を元に戻した。 次の日には、また同じく捲れていても、それでも今だけは伏せていたい。 腐って、枯れ果てた、悲しい現実。 「拉致」 「犯罪集団」 「捜査難航」 「強姦」 「薬漬け」 あの日のいくつもの言葉が"彼"の脳裏に何度も甦る。 ――――――― 「生きて帰っただけでも奇蹟」 保護された、変わり果てたかつての"恋人"の姿を見て狼狽する"彼"に、 神妙な顔をした捜査官がそんな事を呟いても、 "彼"に突きつけられた残酷な現実は変わらない。 暗い、隔離病棟に似た個室に座らされている、薬物に犯された「大切な人」。 虚ろな視線を漂わせ、脅えたように震えるその身体には、無数の傷跡。 おぞましい凶悪な「×××」を注入され続けた、爛れて目も当てられない その腕。 蹂躙され、陵辱され、何もかも奪い尽くされて、ただ、息をしているだけの抜け殻の姿―――。 「多発する強姦致死」 「増え続ける行方不明者」 途切れ途切れに聞える騒がしい音に混じる捜査官の声。 汚く錆びた机を囲んで、イカれたジャンキー達の狂宴を、 無感動な声で説明し続ける目の前の男が、"彼"にはただの木偶人形に思えた。 病院へ搬送を、そう促す周りの厳つい男達に、 "彼"は静かに首を横に振って、変わり果てた"恋人"を連れ帰ると呟いた。 それを止めようと、二人を囲んでその場がざわつく。 「薬物中毒者は危険だ」 「病院でちゃんとしたプログラムを」 ・・・・やめてくれ――――。 肩を掴まれ、騒々しく周りの木偶人形達ががなり立てる。 ・・・・やめろ、やめろ、やめろ、もう やめてくれ――――。 これ以上、 これ以上、 これ以上、 コイツを俺から奪わないでくれ――――!!!! "彼"は叫んだ。 泣きながら、叫んだ。 腕の中にいる"恋人"は泣いた。 脅えて、泣いた。 たとえ、半狂乱になって暴れる手足を縛り付けても、 それはせめて自分の手で、と たとえ、顔を歪ませて凶悪な「アレ」を欲する声を黙らせても、 それはせめて自分の唇で、と "彼"はそう心に決めた。 そうしたかった。 その"彼"の決意の固さに、能無しの捜査官達は、返す言葉を失った。 ---------あの日から数ヶ月、まだ、何も変わらない。 「アレ」を欲しいと泣き叫び、 「アレ」がなければ「違うアレ」を欲し、体を寄せて甘えてくる。 「アレ」を与えてやる事が出来ない"彼"は、せめて「違うアレ」を。 どんな時でも、どんな時間でも、その唇に応えて、 どんな時でも、どんな時間でも、せめてその衝動に応えられるのなら―――。 太陽に殆ど当たる事のない肌は不健康に青白く、その白さを増長させるように、 惨たらしい傷痕がいくつも残っていた。 切り傷、擦り傷、火傷の跡―――忌まわしい痕跡が、見たくなくても目に入ってくる。 知りたくもない――でも、知らなくてはならない事実。 あの日、不人情にも見える捜査官達から暴虐の数々を聞いた時の戦慄。 正気を失うまでの間、一体どれだけの恐怖がこの細い体を襲ったのだろう。 ――いや、正気を失っても、その痛みは変わるまい。 精神を ふるいにかけても、"苦痛"や"恐怖"は最後まで残るのだから。 そう・・・今でもこの目は脅えている。 脅えながら、手を伸ばしてくる。 その腕は、どうしようもなく浮かされた肉欲という熱に耐え切れず、背中に回されてくる。 傾いたアイデンティティが剥がれ落ち、 ぐるぐる回る虚構と現実の狭間。 きっとこの世界のものは――そう"彼"の事さえ――何も見えていない目が赤く潤み、 熱を持った肌に触れられて始めて、その身体から脅えと震えが無くなる。 代わりに、泣き声とも笑い声ともつかない歓喜の甘い叫びが。 とどまる事なく喉を鳴らし続け、もっと、もっと、と深く貪欲に快楽を求めてくる。 忘我の淵へ沈み込まれている、毒に犯された身体。 溺れるように全てを悦楽に支配された、歪んだ肉体。 それでも――――― それが例え、許せない行為によってそういう風に変えられてしまった身体でも、 愛しいから抱くのだ、と、"彼"は自分に言い聞かせる。 狂気を静める為でもなく、一時の逃げ場でもなく、 自分の愛しい「大切な身体」を抱いているのだと。 「愛してる」 「愛してる」 「愛してる」 そんな意味も糞もないパロディみたいな言葉で、何かが変わるなんて思ってない。 ――そんなに現実が甘いもんか。 ――そんな夢みたいな話を信じられるもんか。 「愛してる」 それでも"彼"は囁いた。 たとえ理解されなくても、聞こえていなくても、何度も何度も何度も そう囁きながら、抱いた。 他人を冒涜するだけの、薄汚い下衆共は、きっとこんな事を言ったりしなかっただろうから。 そんな奴等が汚く嘲り玩ぶ「暴言」と「その行為」は イコールで結び付けられてなどいないのだから。 せめてそれを伝えられたら。 せめて自分は同じでない事を教えられたら。 せめて嘘っぽいのは言葉だけだと感じてくれたら。 そうしてようやっと、その身体は欲望を満たされて、気を失い、沈静する。 一時の安楽に、深い寝息を立てて静かに眠る姿を見てはじめて、 "彼"はいつも自分の心の鍵をそっと外す事が出来た。 緊張が緩和される安堵感。そして、同時に襲う――絶望感。 昏い闇の中、手探りで小さな石でも探すような、 とてつもなく遠く、果てしない、途方のない未来。 ――いつまでこうしてればいい――― ――いつになればこんな残酷な現実から解放される――― 漏れ出てきそうな鳴咽を殺して、"彼"は自分達の運命を強く呪った。 それは自分の心に固く鍵をかけ続けた、"彼"の、どうしようもないレアな中身。 あの日から、 この子の前でだけは、絶対後ろを振り向くまい、 そう決めて、悲観したり怒ったりする事を止め、 いつもただひたすらに、"彼"は願いを込めた明るい未来を語って聞かせた。 嘘でもいい、 たとえ白々しくても、それで優しくなれるなら。 "彼"は子供でもあやすように、 いくつもの錠に閉ざされた深い森の"住人"の為に、甘いお菓子も本も玩具も沢山買って帰った。 せめて、この子が明るい未来を見る事が出来るように。 せめて、思い出したくもないものを一時でも忘れられるように。 「・・・・」 ふと見ると、ぐちゃぐちゃに乱れたシーツの端に、 "彼"がいつか買って帰ってきた、リボルバー型の拳銃のオモチャがあった。 本物とは似ても似つかぬ、幼稚な造りの子供向けのオモチャ。 勿論 弾は入っていない。入るようにも作られていない。 それでも何故か、この部屋の"住人"は、この玩具がお気に入りだった。 まるで護身用にと言わんばかりに、いつも肌身離さず持っている。 "彼"は大きく溜息を吐いて、幼稚なリボルバー銃を手に取り、 何度かクルクル・・とシリンダーを回して玩んだ。 ふいにガチャリ、とセットして、じっと眺める。 やがて、目を細めて、深く眠りに入っている金色の髪に銃口を押し付け、 じわり、とトリガーに指をかけた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 空調のモーター音と深い寝息だけが響く部屋。 もう深夜2時は回っているだろうか。 この部屋には"時間"はない――――。 ここにあるのは、ただ――――――。 「―――――・・・へっ・・・・はっ・・はは・・っ――――」 暫くそうしていた"彼"から、そんな自嘲気味な笑いがこぼれる。 何時の間にか目から溢れ、勝手に口の中まで流れてきた液体は、 勝手に心を刺し、 勝手に塩辛い苦味を伝えた。 小刻みに震える自分の手。 それを振り切るように、天井へ向け変えてスカッと撃った空砲。 それはいかにも子供用のオモチャらしく華奢な音で、まるでコメディみたいだ、と"彼"は思う。 人も殺せない抜け殻のプラスティック。 人を感じさせない抜け殻の薬物中毒者。 人をモノのように捨てゆく抜け殻の非道者。 ・・・・それを分かっていながら、どうにも出来ない、抜け殻みたいな、自分。 ―現実がいつでもこんなオモチャみたいな幻想に変えられるなら― ―お前も、俺も死んで、いっそこのまま何もかもなくなってしまえば― ――・・・・・・・―― そこまで考えて"彼"は、笑った。 ――いや―― シーツに埋もれるように沈んだ頭を、優しく撫でてから、 野蛮な行為によって傷つけられた、醜い頬の傷痕に、そっと口付ける。 「・・こんなオモチャでも、お前には大事なモンだもんな」 "彼"は寝ている"恋人"の枕元に、オモチャの銃をそっと置くと、 乱れたシーツを直し、部屋の中を軽く片して、重厚なドアへ向かう。 ぼんやりと灯る白熱球の調度を落としてから、"彼"はもう一度、部屋の中を見つめた。 すやすやと眠る寝息。 時間も月日もない空間に、ただひとつ漂う「生けるもの」の証。 それがたとえ、自己認識などしていなくても――。 「・・・俺は諦めない」 "彼"の低い呟きが、そう響いた。 絶対にお前を元に戻してみせるから。 絶対にお前を見放したりしないから。 「絶対に諦めない」 だから、ずっといよう。 ずっと一緒にいよう。 一緒に、生きよう。 苦しくても、 投げ出したくても、 未来なんて信じられなくても、 何も確かなものがなくて、手探りで喘いでいても、 ・・・もう、いっそ死んじまおう、と思う事があっても。 生きよう。 生きてさえいれば、いつかは絶対、どうにかなるから。 もがきながらでも、這いつくばってでも、二人で生きていこう。 「・・・楽しい事があっても、生きてなきゃ意味がねぇもんな?」 やがて、ガチャ、ガチャ、とリズムを狂わせ錠前が鳴る。 ドアを隔て、さらに隔てて、 計24個のシリンダー錠が、深い森を築き、 また、深く、その森は眠る。 いつかきっと来る、遠い未来に、ただ、希望という枝を伸ばして――――。 2005-2002.T・U・E.whitebox.Rin Inoue.J-kainahime |
☆ あ と が き ☆
とりあえず謝ります。すいません(何 いや・・内容はともかく背景画像がうるさくて読みにくかったかと。 しかもこの銃オートマチックだし。内容にそぐってないよ(汗 それはさておき、お分かりの方はお分かりでしょうが、Dir en greyの "鬼葬"に入ってる曲から浮かんだ話で、タイトルもそのまま付けました。 自分的に「シリンダー」といえば、銃と鍵でして。両方使ってみましたよ。 そ、実は「24個シリンダー」って、銃じゃなく鍵の方の事なんです。 (24発もストック出来るリボルバーはないでしょうし) そんなミスリードを誘う構成にしたつもり・・だけど、どんなんでしょ。 まぁ、シリンダー錠が24個あるドアってのもありえないけど・・キモい(汗 因みに冒頭のモノローグは全部カミちゃんの妄想(?)の世界です。 悟浄さんが出てくる方が、本当の現実世界。 ・・ちゅーか、ほぼオリジナルですよね(汗)スイマセン・・・・。 場所はアメリカか何かだと思って下さい。 因みに作者は色々詳しくないので、 何かと間違いがあると思いますがご容赦。 第一、薬で廃人になった状態では性欲は湧かないと思うんですが(汗 ・・・最後に。私の人生の格言、、それは"人生塞翁が馬"です。 悪い事の後には必ず良い事がある(逆もまた然り)。 だから、嫌な事とかが続いたり、ヘコんだりした時は、 「ああ、これは良い事が起こる前兆なんだ」と思うようにしてます。 だから、この二人にだって、きっと明るい未来が来るんです。 でも、諦めて死んじゃったら苦しいまま、そこで終わりですもんね。 だからこの話は、そーゆー希望をいつも持って生きようね、 辛さや苦しさに負けないで、逃げないで、諦めないで生きようね、 という、私からのメッセージでもあったりします。 ・・以上蛇足! あ、解説もゲロ長・・・(死 |